沖縄県立那覇高等学校 10期 掲示板
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沖縄県立那覇高等学校 10期 掲示板 記事表示
2008/11/06(木) 20:17
- 4期 組
森山 昌樹
(
男)
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10期生の皆さん、ちょっと失礼致します。4期の森山です。職業は医師です。
昭和30年代から東京にいます。その前は静岡県の療養所、その前は岡山大学整形外科。
この掲示板を見るまで わが母校が私立に押されて危機的状態にあるということ
知りませんでした。何か行動を起こさなければ いけないと考えています。
今週は卵巣腫瘍のセミナー参加のため、京都に行きますので 遅くとも 来週中には
微力ながらでも一石を投じたいと考えています。その節は応援、よろしくお願いします。
平成20年11月6日
東京都豊島区目白4-15-8 森山 昌樹
2008/11/06(木) 20:09
- 4期 組
森山 昌樹
(
男)
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10期生の皆さん、ちょっと失礼します。4期の森山です。職業は医師です。
昭和30年代から東京にいますが、この掲示板を見るまで 母校が私立に負けて
危機的状態にあるということ 知りませんでした。何か 行動を起こすべきと
考えています。今週は卵巣腫瘍のセミナー参加のため、京都に行きますので、
遅くても 来週中には 微力ながら 何か行動を起こしたいと考えています。
その節は応援 よろしくお願い致します。
平成20年11月6日
東京都豊島区目白4-15-8
森山 昌樹
2006/11/21(火) 02:23
匿名
(
男)
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このたび10期生の仲井真弘多氏が知事選に勝ちました。
仲井真氏が那覇高卒とは知りませんでした。
さて、現状の那覇高ですが、すでに進学校とは言えないと思います。
そもそもが、校区制を実施して以来、勉強し競争する雰囲気が無くなりました。
それでもしばらくは国立大医学部、自治医科大学、東京外語、九州大学、一橋大学、
国費留学生等の合格者を占めていました。34期生の私ですが、先輩からも先生からも
「那覇高校は終わった」といわれたものです。それ以来、昭和薬科に優秀な学生が集まる
ようになったようです。その後、沖尚、海邦・・・と進学校が設立されたのです。
東京においても府立一中・日比谷高校の校区制による凋落ぶりには顕著なものがありました。
石原都知事は「かつての日比谷高校を取り戻そう!」と意気込んでおります。
では、沖縄において「かつての二中・那覇高校を取り戻そう」という動きになりますか
どうか、はなはだ疑問です。
実は私も経営学・会計学を専攻しておりました。平敷先生の御高名は常々うかがって
おります。
どうぞ お体を大切に、ごきげんよう。
冠省
10期生の皆さん、こんばんわ。お変わりなく、お元気でお過ごしのことと拝察致します。
本日(10月5日)、例年開催の「10期成会」の案内を頂きました。大変に嬉しく、有難く存じます。ぜひ、万難を排して参加したいと存じます。楽しみにしています。
これから、本土は寒くなる時期です。寒くなると、郷里が偲ばれます。10期生会開催はちょうど良いタイミングですね。それにしても、彼女も来てくれるかな。
平成17年10月5日
神戸市岡本自宅にて
平敷 慶武
沖縄を去ること、48年。その間、沖縄を忘れたことはあっても、母校那覇高校を忘れたことは一度もありません。
那覇高校は僕の人生の原点だから。母校を想えば、沖縄のすべてが想起される。年を経るごとにその傾向が強くなってきている。
さて、その母校、最近出版の「学校人脈高等学校」で紹介されているのを見てホットした。今や、わが母校は進学校としては風前の灯に成り下がったのではないかとの杞憂・危機意識を持っていたからである。にも拘らず、当該著書では、沖縄県下の高等学校の中では一番良く紹介されていたから、卒業生なら誰しもホットせずにはいられないというもの。母校出身者の活躍が紹介されていて誠に痛快でした。
しかし、母校が今正に危機にあることは疑う余地がない。一流大学への今年の進学者数を見よ。その数は、栄えある旧制中学を前身とする伝統ある沖縄県の高等学校というのにふさわしいと言えるか、全国に向けて。全国に向けてはおろか、県下に向けても言える状況か否か。進学校の開邦高校等の設立後約20年。つまり、後20年も経たぬ内に、卒業生の活躍が他校によって逆転される可能性(というより危険性)が目に見えているというべきである。
この現状を嘆かぬものは母校卒業生たりえずの感すら覚えるではないか。折りしも、母校はまもなく100周年を迎える。これを機に、二中・那覇高等学校の伝統ある進学校としての栄光を永遠たらしめるべく一斉蜂起し、全努力を傾注せよ。昔の栄光にすがるようでは、母校に発展はなく浮かばれない。全卒業生、すべからく決起せよ。
かく叫びたいほど、我輩の母校愛は日々に強くなるばかり、ということです。幸い、約40年間続いた看護科が廃止となったのは、伝統ある母校の発展にとって当然のことながら良いことと思う。もし存続していたとすれば、それは母校のみならず沖縄県高校教育に永遠の禍根を残すことになったであろうことは陽を見るより明らかだからである。全国の旧制中学を前身とする伝統ある新制高等学校の中で、看護科のある高等学校はひとり那覇高等学校以外に一校もないからである。このことを、卒業生は強く認識すべきである。
僕は、何時も旧制二中の校歌を歌い、口ずさんでいます。「世紀の嵐・・」とは、比較にならぬ。そのもつ意味の普遍性永遠性において。卒業生のみならず、全県民歌うべし。
恋人の愛の強度は二人の空間的距離の長さに反比例する。この原理は、僕の母校愛に対しても真であるがゆえに、上記のごとく記すことと相成った。同期生諸氏、御寛恕あれ。
平成17年9月18日
平敷慶武
最終更新日 2010/07/06 10:00:52